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瀬名秀明先生特別講演:分子ロボティクスのSFヴィジョン

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平成23年度分子ロボティクス研究会合宿研究会では,作家の瀬名秀明先生に「分子ロボティクスのSFヴィジョン」というタイトルで特別講演をいただきました.以下は研究会メンバーがまとめたその概要です.

講演概要

まず始めに,マーク・ホウの「ミドルワールド」を紹介する.この本では,私たちが普段認識しているマクロワールドと,ナノスケールの世界にあたるミクロワールドの間に存在するミドルワールドの面白さがクローズアップされている.ミドルワールドという領域こそ分子ロボティクスの活躍の舞台である.もし私が分子ロボティクスを題材に小説を書くとすれば,ミドルワールドに焦点を当てて話を書くだろう.ミドルワールドのスケールで,DNARNA,タンパク質,ウィルス,バクテリアといった物質がいきいきと躍動する姿は,まさしく分子サイズのロボットが動くイメージとつながる.しかも,ミドルワールドは生命の源と世界が交わるフロンティアである.

一方,本当に役に立つものを作る道筋を立てることはいつも難しい問題である.それは,どういう未来を目指すのかということでもある.SF作家の仕事は50年,100年後をイメージし,何が面白いかというフラッグ(旗印)を立てることだ.研究者はそのフラッグをてがかりに,モチベーションを高め,そこを目指して様々な研究をする.「鉄腕アトム」はそうしたフラッグの典型例であり,ロボット研究者は,アトムが世界をどう視るか,アトムがどうコミュニケーションするかといった研究テーマを考えたりする.しかし,フラッグを見間違えると上手くいかないことに注意すべきである.例えばナノマシンで体内に入り込む映画「ミクロの決死圏」はナノマシンのフラッグではなく,体内の驚異や神秘を伝えるフラッグととらえるのが適切だろう.

では,分子ロボティクスのフラッグはどこに立てるべきだろうか? タンパクやDNAといった素材にとらわれない方がよいのではないか.それよりも,ミドルワールドにおける分子の動きのイメージを大切にしてほしい.このスケールではブラウン運動がもっとも重要である.

(ここで,瀬名先生は,米沢富美子の「ブラウン運動」の冒頭を朗読して下さった.分子の動きをよく観察し,深い理解に基づいて書かれた文章は,まさしく文学であるとおっしゃったのが印象的であった.)

たとえば,薬学(瀬名先生のご専門)の分野には,ミドルワールドのブラウン運動とつながる話がたくさんあるのではないか.たとえば,ドラッグデリバリーや薬物動態は,まさに分子ロボティクスの対象だ.薬学の未来が分子ロボティクスなのだといってもよい.

ミドルワールドへのもうひとつの切り口として,シュレディンガーの「生命とは何か」という本があげられる.物理学者の支配する物質帝国と生物学者の支配する生命王国の間を繋げるためには,その間にある共通のポイント(ボトルネック)を設定する必要がある.シュレディンガーが注目したのはエネルギーやエントロピーの概念であるが,分子ロボティクスにおいて,何に注目するかは研究者のセンスが問われるところだ.みなさんのこれからの奮闘に期待したい.

(ご講演の後半では,分子ロボティクスの観点から見たSFについていろいろな話題を提供していただいた.)

ナノテクSFの元祖は1942年のハインラインの「ウォルドウ」である.その後,有名なファインマンの講演「底のほうにはまだ十二分に余地がある」(1959年)があり,それから90年代まで,ナノテクを題材にした様々な物語が書かれて,一種のブームになった.しかし,しだいにありえない魔法のような世界を書くようになって,2000年代以降は下火になっている.これが形を変えたのが,シンギュラリティー小説といわれる分野である.シンギュラリティーとは,技術が急速に変化し,人間の生活が後戻りできなくなる特異点のことを言う.分子ロボティクス研究者にお勧めする本として,クリスティアン・ド・デューブの「進化の特異事象」がある.この本はSFではなく科学書であるが,進化におけるシンギュラリティーが起こる7つの仕組みがわかりやすく説明されており,参考になるはずである.

もうひとつ,分子ロボティクスのヒントになりそうなSFネタにサイボーグがある.サイボーグという発想はもともと過酷な宇宙に出ていく人間をサイボーグにして強化しようとしたものだが,現在考えられているサイボーグには2種類ある.体内を,分子を送り込む外宇宙としてとらえるか,介護やリハビリを行う内宇宙ととらえるかである.たとえば,ミトコンドリアを人工的に合成できたら面白いのではないか.

(ここで,瀬名先生がお父様(鈴木康夫静岡県立大学名誉教授)と書かれた「インフルエンザ21世紀」を例に,インフルエンザウィルスの感染機構を解説いただいた.そこで出てくるアセンブル(自己集合)の話は,分子ロボティクスとの関連が深い.)

最近の日本SFでは,伊藤計劃の「ハーモニー」が面白い.ここでテーマとなっているのは,常に健康が保証された社会がもたらす個々人の意識が消滅した世界観である.その世界では,感情はHTMLタグによって表せる.例えば<anger>と書いてあれば怒りの感情を表すのである.このような人工的なあるいは形式的な表現と,分子ロボティクスがつながらないだろうか.感情タグのように感情を制御する分子メカニズムが実現し,思いやりの心が分子ロボティクスで解き明かされたら素晴らしい.

質疑応答(抜粋)

Q. ロボットが知能を持つとはどういうことか?

A.ロボットの動きが,知能につながると思える知的な振る舞いを行っているかどうか.小さすぎても大きすぎても面白くない.

Q. ナノテクで何でもできる,といっただけでは身も蓋もない気がする.個人的には生命とリンクするという制約があった方が面白いと感じる.例えばmRNAを入力とする回路などをマイクロカプセルに入れ,体内でmRNAの演算を行うナノテク.こんなのはSFネタになるのだろうか?

A. 何を目標とするかは研究者により違う.生命とは何か,というような解決できない普遍的な問いを組み合わせた研究の方が面白いし,小説としても魅力的である.mRNAのナノテクは実用的な話ではある.小説としてはさらにその先に面白いヴィジョンがあると書きやすい.

Q. 科学コミュニケーション.特に,SF作家やクリエイターと科学者のコミュニケーションについて,アドバイスをいただきたい.

A. 日本SF大会が毎年ある.SF作家クラブもある.これらが,いろいろな交友活動の入り口になると思う.

Q.ミトコンドリアを人工的に合成するとはどういうことか.ミトコンドリアの分子を集めて作るのか,ミトコンドリアをすりつぶして作るのか,人工の化合物で作るのか.

A.ミトコンドリアに今ある分子と人的な分子を集めてミトコンドリアのサイボーグを作るのが面白いと思う.それが高脂血症や動脈硬化の治療に効果を発揮したり,マラソン選手に移植すれば酸素のエネルギー効率がよくなったりする.要するに一部が人工物のミトコンドリア.

Q. 分子ロボティクスで宇宙を目指す場合のフラッグは.

A. 例えば藤崎慎吾というSF作家が宇宙生物学をやっている長沼毅と本を書いている.あの辺りを読まれるとヒントがあるのでは.

Q. 科研費の申請書に,SF小説の十分の一でも書ければ,採択されるそうな気がするが,われわれ研究者はついまじめに考えすぎてしまう.申請書だけでなく,研究内容を一般の人に知らせるときに,物を書くのが得意な人とサイエンスをしている人が手を組む枠組みがあるとよいと思う.何かアドバイスいただけないか.

A. 個々の動きはあるが,一般的に予算を獲得するのは難しいようだ.また,私が「東大博士が語る理系という生き方」を書いた時に池谷裕二と話したが,研究者のアウトリーチ活動は誤解されがちだ.研究者のアウトリーチ活動には3種類ある.同一の分野の専門家に対するもの,異なる分野の専門家に対するもの,一般に対するもの.一般向けのアウトリーチ活動なのに,異なる分野の専門家に対する話をしても意味がない.使い分けができていないのが日本のアウトリーチ活動の問題だ.

Q. だからこそ,そのような場で作家に積極的に関わっていただけたら上手くいくのではないか.逆に上手くいかないこともあるかもしれないが・・.

A. 以前ロボティクスの研究者とSF作家を集めた企画を行った.まず研究者に研究発表をしてもらう.それに対し,SF作家が問題を提起し,それに答えるSF小説を書く,という企画である.それをまとめたのが,「サイエンスイマジネーション」という本である.研究者とSF作家のイマジネーションのやり取りという意味でとても面白い企画であった.ぜひ手に取ってみてほしい.

Q. サイエンスコミュニケーションとSFの表現はどう違うのか.

A. SFのコミュニティは割と狭いところがあり,こういう小説が受けやすいというのがやっぱりある.オタクならではの嗜好性のようなもの.サイエンスコミュニケーションの良さがSFの評価としては違うこともある.私としては,研究者も考えつかないようなアイディアを中心に据えたい.ただ,そうでない作家もいる.研究者からすると新しい発見は無いかもしれないが,その種の作品にファンがつく場合もある.

ただ,SFにも限界がある.SFでは何か一つの技術を仮定して,それが社会にどのように作用するかを書くというスタイルのものが多い.しかし,何か一つの技術だけが突然世の中にでてくるということはあり得ず,いろいろの技術が進歩しつつ,全体の裾野が広がっていくのが実際である.ひとつの作品のなかで,その全体を捉えることは難しい.これを上手く解決できるような,スケールの大きな作品が出てくれば良いが,まだ誰も解決できていない文学上の目標である.


(要約 川又生吹(東京大学 大学院博士課程一年))

 

 

 

 

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SICE(計測自動制御学会)
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